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ジバンシーとオードリー・ヘップバーン

ジバンシー社を設立したのは、ユベール・ド・ジパンシーは公爵位を持つ貴族である父を持ち、10歳の時パリ万博でシャネルやランバンの服に感銘を受けデザイナーを志した。基本的に貴族と言うのは定職につかないもので、家族には反対されたがあきらめられず、パリにてバレンシアガを敬愛して入門を希望するも門前払い。1968年バレンシアがオートクチュールメゾンを閉鎖する時に、職人と顧客をそのまま引き継ぐほどとなったのである。「最後のクチュリエ」とも言われる正統派クチュールデザイナーとなったのである。ジバンシーといえばオードリー・ヘップバーンを思い出される人も多いでしょうが、切っても切れない中でオードリー・ヘップバーンと出会えたからこそ、斬新なアイデアとシャープな感性が絶賛され、「モードの神童」と呼ばれるようになったのでしょう。「麗しのサブリナ」「昼下がりの情事」「パリの恋人」「ティファニーで朝食を」「シャレード」「パリで一緒に」「お洒落泥棒」「華麗なる相続人」の8作で衣装を手がけている。特に「ティファニーで朝食を」の黒いドレスは印象深く、DVDのパッケージにもなっていますので一度ご覧になるといいと思います。黒一色でシンプルですが、バレンシアガなどの血脈を感じさせるエレガントなドレスです。

生誕50周年には何が?

創始者ユベール・ド・ジバンシーと永遠の友であるオードリー・ヘップバーンの出会いから誕生したジバンシーは去年生誕50周年を迎えました。このコレクションのスター商品である3つの限定「プリズム」シリーズにはオードリー・ヘップバーンの人生哲学から学んだ3つの言葉が刻まれていたのです。その3つの言葉とは「Style for Lihe(人生にもスタイルを)」「Laugh Often(よく笑う)」「Less is More(シンプルさが人生を際立たせる)」です。これは、ジバンシーからのメッセージで全ての女性が彼女のように自信の見え方を自在にあやつり、見る人をあきさせない変貌自在な美しさで人々を魅了させることのようです。それにしても、オードリーといいジバンシーといいこの世に名を残す人は、哲学が一味違う感じですね。ジバンシーが「モードの神童」と呼ばれゆえんは、25歳の若さで自分の店を開き、後にウェストもヒップもないシュミーズ・ドレスを「自由なライン」として披露したことからで、「革命的な衣装」としてモード界を騒がせたことからです。

ジバンシーの香水は何処から来たの?

オードリー・ヘップバーンが掃除婦役になる映画「おしゃれ泥棒」というのがありますが、さすがに掃除婦にジバンシーは着せられないということで「これでジバンシーも休めるね」と言われたエピソードがあります。ジバンシーは後に香水を創るのですが、これまたオードリーと関係があるのです。ある時ジバンシーがオードリーに貴方のイメージの香水を創ったらということで、賛成をもらい創ったのがオードリー・ヘップバーン専用のランテルディだそうです。名前の由来が遊び心があって、「これは、オードリーの為の特別製なので、あなたがたは使用禁止」という願いを込めてランテルディ(禁止)と付けたのだそうです。だれでも「これはだめよ」と言われれば言われるほどほしくなるもので、実際に発表すると同時に爆発的人気で大成功を収めたと言うことです。そして、今でもランテルディは大変人気のある香水の一つになっているのです。そして、オードリーはジバンシーからイザティスを試してみると言われても最後までランテルディを使い、その香りが身体の一部と言ってたそうです。息子たちへの遺言として「年をとったら自分にふたつ手があることを、ひとつは自分を助ける手、もうひとつは他人を助ける手」の言葉を残しました。

Copyright © 2008 ジバンシー&オードリーヘップバーン